捏造新聞

ただし朝日新聞ではない。

それよりも死を選びたい

だから言っているではないか。安楽死は認めるべきだと。2025年には「高齢者の5人に1人が認知症」という状況になるんだそうで、いやあ、私もその一人になる可能性がある。いやその可能性は非常に高い。それを考えると怖くて怖くて思わず勃起するのである。比較的記憶力はいい方で、マイナンバーや免許証番号、Wi-Fiのパスワードなどは覚えているのだが、それと認知症になりやすいかどうかは関係ない。頭を使っているはずの大学教授だって認知症になるのだ。私がいずれクレオパトラ似の妻に「あんた、クレオパトラに似ているが名前を教えてくれんか」などと問う可能性も十分にある。そんな状態では、生きている意味がないのだ。私は「命よりもどう生きるかが大切」派である。だから、認知症がひどくなる前に安楽死させて欲しいのである。代わりに角膜でも腎臓でもチンコでも金玉でも提供しようではないか。それで救われる人が出てくるなら、一挙両得、一つを放って二つを得る、英語で言えばserve two endである。増税クソ眼鏡と馬鹿にされる岸田総理であるが、もし安楽死法案を成立させることができれば、「クソ」を外してやってもいい。認知症になれば、今、こうして書いている格調高い文章だって書けなくなるだろう。てにをはもバラバラだ。メカニカル方式の赤軸キーボードを光速で打っているこの両指も、ポツリポツリとおぼつかないに違いない。その時の自分を想像すると、私は怖くて怖くて思わず勃起するのである。