移民難民アリナミン的な
得意先へ向かう電車の中で、気がつくと鼻歌が出ていた。
「♪ 頭がクルクルクルドジン~」という歌詞である。隣で立っていた部下の山本か山村か、もしくは山田とかいう男が慌てた口調で「部長、その歌はマズいです」と言う。
「ん!?」とおれは首をひねった。便宜上、山本という名にしておくが、山本は神経質かつ心配性の性格だ。何がマズいのか、少し考えたのだが、あっそうかと気がついた。
「すまんすまん」と頭をかいた。「髪の毛がクルクルパーマの土人がやってくるというイメージが浮かんだので、つい歌にしてしまった。今の時代、『土人』はまずかったな。差別語だ。せめて原住民と言わなくてはな」
「え、クルド人じゃなくて『来る土人』だったんですか? まあ、どっちでもマズいですが。そもそもクルクルパーマ自体誤解される可能性があるから言わない方がいいと思いますよ。スパイラルパーマが正確な名称です」
「おお、そうだったのか。わしははげてるから、パーマのことなど知らんのだ。しかし、君」とおれは疑問を口にした。「そのクルド人というのは、いったい何なんだ?」
「あれ、それもご存知ないんですか」と彼は呆れた口調で言う。「川口市でクルド人たちが日本人に迷惑をかけているんですよ。もともとは難民としてやってきたクルド人が、日本人が嫌がる解体業に就いて、真面目に仕事をしていたらしいんです。ところがそれがクルド人に伝わって『日本に行けば仕事がある』となってしまってどんどん増えた。さらに家族も呼んで、爆発的に増えたんだそうです」
「そりゃあ、マズいよなあ。増えれば、出来の悪い奴も混じってるだろう。イギリスやフランスの二の舞だ。生活も文化も分断されて、ヘイトばかりが増えていく」
「そうなんです。まず彼らは運転マナーが悪い。車で住宅に突っ込みながら、『むしろ悪いのはそっちだ』と大勢で集まって威嚇するんだそうです。まるで理論的ではない。日本人の煽り運転なんて、かわいいもんですよ。最近では、女子中学生が襲われたり、川口市をクルド人の自治区にしろなんて言っているやつもいるらしいです」
「本物のキチガイだな。だったら頭がクルクルパーのクルド人というのは、意味的には」
「いやいや、確かにその通りですが、でもそれは言ってはいけないんです。世の中の常識として、そうなってますから。そもそもクルド人に知られたら炎上して襲われますよ」
「そりゃあ、怖いな。今の発言は撤回する。断固として撤回する」
「あるアパートでは、昼も夜も騒いでいるんだそうです。しかも、駐車場に100人くらい集まって結婚式をはじめたこともあったそうです。結局困った日本人の住民は引っ越すことになった」
おれは、疑問を口にした。
「警察は、動かないのか? そんな状態なら、わしだったら銃殺しているぞ。市民に迷惑をかけるようなやつは、許さんのだ」
「動きませんね。病院でクルド人が100人ほど集まって騒いだときには機動隊まで出動して数人が逮捕されましたが、その後全員が不起訴になって釈放されました」
「なんだと!? 不起訴だと。わしが裁判官だったら全員死刑にしてやるのに。ああ、司法試験に通っていたらなあ。学生運動なんてやめとけばよかった。安田講堂が落ちたとき、おれは」
せっかく自慢話かつ昔話をしているのに、山田は無視をした。コミュ力のないやつだ。次のボーナスは、3,000円だな。
「そんな例は山ほどありますよ」とおれをにらみながら彼が言う。心の声が聞こえたのか。山田か山本か山村かはっきりしない程度の男なのに、油断のならないやつだ。
「14歳の少年が商業施設で大音量で音楽を流したりタバコを吸ったりして出禁になった。ところが『外国人を差別するのか』と花火に火を付けて投げ込んだそうです。都合の悪いことは、すべて『差別』にする。どこかの反日の国と同じですね。さらには、日本の司法は、彼らをことごとく不起訴や執行猶予にするんですよ」
「いやいやいや、クルド人も裁判官もキチガイ丸出しじゃないか。14歳でそれでは、先が思いやられる。今のうちに死刑にしておいた方がいいんじゃないか? ついでに裁判官も死刑にすればよろしい。ああ、わしが司法試験に合格していたらなあ」
案の定、今回のセリフも山西は無視し、「そんなことよりこれから行くオリエンの件ですが」と話題を変えた。おれは、無視されたことにガッカリしながら「頭がクルクルクルドジン」の鼻歌は決して歌うまいと心に誓ったのである。
それから一週間ほどして、意外なところでその歌を聞くことになった。クレオパトラ似の妻が、食後のアールグレイを楽しみながら、鼻歌を歌ったのだ。
「♪ 頭がクルクルクルドジン~」
「ん、お前。その歌は、どうしたんだ。それはクルド人に対する差別だから、歌ってはいけないんじゃないのか?」
「クルド人?」と彼女は首をひねった。「あら、本当ね。クルド人とも解釈できるんだ。なんかね、インスタで見たんだけど、頭がクルクルパーマの土人のことを歌ってるんだそうよ。まあ、土人もマズいか。今、流行ってるらしいの。ほら、これよ」
彼女が見せるインスタには、変な踊りらしきものを見せる若い女の姿があった。他にも大勢の人間が同じような投稿をしているようだ。
「あら!? なんかこの歌声、あなたの声に似てるわね」
どうやらあの時の電車内での鼻歌を録音されていたらしい。まったく油断も隙もない。
「似てるかもな。だが、お前、そんなことよりもだな」と私はしたり顔で言った。「そもそもクルクルパーマも、本来は使わない方がいいぞ。正しくは、スパイラルパーマだ」
「あら、あなた。よくそんな言葉を知っているわね」と彼女が少し驚いた表情を見せた。「はげてるのに」
誤認逮捕は仕方がない。滋賀県警なんだから。
しかし、ひどい事件があったものだ。
いなり寿司を万引きしたとして74歳の女性が誤認逮捕された事件である。80時間以上も拘束されたのだが、結局、知人からもらったいなり寿司であることが判明し釈放されたのだ。
いなり寿司が大好きな私からすれば、決して許すことのできない暴挙である。これがせめて鯖鮨であれば、まだマシなのだがいなり寿司では断罪やむなしである。
まあ、誤認逮捕は滋賀県警の日常茶飯事だから仕方がないと言えるだろうが、それにしてもひどすぎる。
記事には「駆けつけた警察官が、すでに店の関係者から事情を聴かれていた女性のカバンにいなり寿司があるのを確認し、窃盗容疑で現行犯逮捕」とあるのだが、いやいや、まさに窃盗している現行を取り押さえるから現行犯逮捕のはずである。もし、警察官が「現行犯逮捕」と言ったのなら、その時点で間違っているのではないか。
まあ、無能の滋賀県警だから仕方がないな。無能だから正しい法律知識がなくても責められないのである。認知症の老人を責められないのと同様だ。
それにしても110番通報したという店の関係者というのもひどい。明らかに間違っていたわけで、万引きGメンなのかバイト店員なのか知らないが、滋賀県警と同様もこちらも断罪されるべきだろう。
もし警備会社から派遣された万引きGメンならば、その会社の名前を明らかにすべきだろう。警備員が万引きするよりも、一般人を間違えて拘束する方がはるかに罪は重いのだ。さらには、すぐにレジ照合をしなかった店側の怠慢もひどい。店名を報道しろと言いたい。まあ、滋賀に行くことはないと思うのだが、近くに寄った際はいなり寿司を投げつけてやろうと思う。
こうしてみると、いやあ、本当にひどいやつばかりである。「異常も日々続けば日常になる」という言葉があるが、無能がこれだけ集まると、誰だって有罪になってしまうのだ。おちおちいなり寿司も食ってられないのである。
ママチャリで信号無視の女性、たぶん一生後悔する。
ママチャリの女性が子供を乗せたまま車道の右側を走り、信号無視をして、あげくに対向していた車に向かって暴言を吐いたり運転者をスマホで撮影するという暴挙に出たとして話題になっていた。
私は、こういう頭の悪い人が一番嫌いだから動画を見る気にもなれないのだが、想像するだけで不快になる。当然のことながら随分と炎上したらしい。名前や住所、夫の職場や保育園の名前まで晒されたそうだ。
まあ、仕方がないね。SNSがなかった時代でも、人殺しが出た家には誹謗中傷の手紙が届いたり家に落書きされたり電話がかかってきたりして大変だったそうだ。そういう嫌がらせをする人間は、いつの時代にも存在するのである。
一部にこれを「社会的制裁」と言っている人がいるようだが、これは制裁じゃなく単なる嫌がらせである。制裁というと正義の一環に思えるが、これが正義の訳がない。イジメと同類である。
もちろん私は、「そんなことはやめたまえ」と言うつもりはない。自転車に乗る際にはヘルメットをかぶり、車道の左側を走り、車両用の停止線できちんと止まる私からすれば、こんなママチャリの女性など袋だたきにされてもまったく問題はない。いや、二度と自転車に乗れないように(以下略)。
早い話が、このママチャリの女性は「いけにえ」なのだ。世の中のむかつく連中の代表者なのだ。それを袋だたきにして、みんなスッキリなのである。地方のニュースにもならないような出来事だが、だからこそ「いけにえ」としての価値は上がるのだ。
いやあ、こわいこわい。今は、防犯カメラや車載カメラ、そしてスマホのカメラがある時代である。いつ自分がこのママチャリの女性のような立場になるかわからないのだ。
最近は「ああ、おれが一平ちゃんじゃなくてよかった」と胸をなで下ろしていたのだが、今は「ああ、おれがこのママチャリの女性じゃなくてよかった」と胸をなで下ろしている。
この事件が映画化されても、私は決して見ないのだ。痴漢冤罪の映画と同様、怖すぎるのである。Amazon Prime Videoで「あの『ママチャリの女』無料で見れまっせ」とすすめられても、絶対に見ないのだ。
日常に潜む非常に身近でリアルな恐怖なのだ。自転車に乗るときは、いっそう注意し、車載カメラがあることを決して忘れないようにしよう、と私は心に誓ったのである。
Androidスマホ、買い切りおすすめアプリ2点
以前は、ミドルレンジのスマホを使っていたのだが、今は底辺スマホである。私のような貧乏なジジイにふさわしいスマホと言えるだろう。
いや、底辺という言葉は使わない方がいいんだった。前に「底辺職」などと書いて炎上した大阪の企業があった。面白かったのは、その企業はHPに格好いいオフィスの写真を載せていたのだが、実態は汚い雑居ビルだった。見栄っ張りの社長が経営している底辺企業だったのである。
いやいや、底辺という言葉は使わない方がいいんだった。すぐに忘れてしまうのだ。注意しなければならない。
さて、底辺スマホの話である。
最近は、底辺の安いスマホであっても、まあまあ使えるようにはなっている。私のスマホもそれほどの不満はない。ただ、カメラがあまり良くない。さらにシャッター音が大きすぎる。
街中で撮ろうものなら、周りの人間が一斉に振り返るほどの大きなシャッター音である。盗撮などやる気はないのだが、さすがにこれでは使えない。スピーカーの部分を指で押さえたり、テープを貼り付けていれば抑えられるのだが、それは全然スマートじゃない。
とりあえず「無音でっせ。盗撮できまっせ」とアピールしているアプリを試したのだが、あまりよくなかった。確か800円くらい課金してフルに使えるようにしたのだが、写りも機能もイマイチである。ああ、損こいた。
で、色々試している中でまあまあのカメラアプリがあって、とりあえず導入したのが「Pixtica」というアプリだ。これもいまどき珍しい買い切りアプリで、確か600円だったと思う。サブスクでないことに喜んで、思わず買ってしまった。
写りの点では純正のアプリの方がいいのだが、フィルターやレンズなど色々と加工できるし、使い勝手もいい。音も消せるから盗撮のし放題である。難点は、日本語化されていないことなのだが、まあ、たかがカメラだ。何とかなるのである。
サブスクじゃないアプリでは、「FX File Explorer」というのも良かった。これは、買い切りで410円である。無料でも使えるが、たったの410円で外部メモリーやクラウドストレージにもアクセスできるようになる。なによりデザインが抜群にいい。難点は、これも日本語化されていないことなのだが、たかがファイラーだ。何とかなるのである。
まあ「ファイルマネージャー+」なら無料でフルに機能が使えるのだが、デザインが好みじゃないからなあ。それに広告(ほとんど気にならない)を外してダークテーマが使えるようになるだけで1,360円というのは、ちょっと高いな。
ファイラーで他におすすめなのは、「Yahoo!ファイルマネージャー」というやつである(下の写真)。手書きのデザインが採用された味のある見た目で、2画面にも簡単にできるし、コピー&ペーストもドラッグで可能だ。残念ながら随分前にサービス終了になったのだが、好きだからからずっと入れている。Google Playにはないようだが、ネットでAPKをダウンロードできる。
しかし、最近は、どいつもこいつもサブスクである。この守銭奴どもが、と実に腹立たしい。誰がジャストシステムの「ATOK」など使ってやるものか! 日本語変換は、Googleので十分なのだ。
私がサブスクで使っているのは、Amazonプライムのみだ。まあ、あれは見切れないくらい映画やドラマが見られるし、何か買った場合は基本的に送料が無料になる。まあ、良しとしよう。
一平ちゃんの詐欺窃盗事件は、私はよくある話だと思ったのだが、そうは思わない人たちも多いらしい。
いやいやいや、経理担当の社員が何億もパクっていた事件など日常茶飯事ではないか。それと一平ちゃんの事件とどう違うというのか。
しかも、一平ちゃんの場合は本場アメリカ仕込みのギャンブル依存症である。日本の経理担当の社員よりも追い詰められた状態に違いない。社員を信じて通帳や印鑑を預けていたのと、一平ちゃんを信じていた大谷選手も、私には同じに見えるんだがなあ。
それなのに「大谷選手が気づかないのはおかしい。振り込んだのは大谷選手自身だろう」などと意見を述べる人が結構多いのである。アホかと思う。
いや、真相はわかりませんよ。
大谷選手が「やばいやばい。このままでは、借金を肩代わりしたことがバレてしまうがな。よっしゃ、全部、一平のせいにしたろ」と考えた可能性もゼロではない。だが、私の計算によると果てしなくゼロに近いと思えるのだ。
もちろん、たとえそうだったとしてもチェックをきちんとしていなかった大谷選手にも問題はある。しかし、大谷選手ですからね。超ビッグで金に細かい人というと、私が知る人のなかでは矢沢永吉くらいしかいない。しかし、あの人でも信頼していたスタッフに騙されているからなあ。
そもそもアメリカの銀行で口座を開設するなど、私には想像もできないのである。
番号札をもらうんだろうか? 日本語ができるスタッフはいるんだろうか。おそらく英検三級程度では、「ワット!? パードン!?」と言われ続けるに違いない。そんな恥をかくくらいなら、例え騙されるとしても一平ちゃんに任せてしまうのではないか。
いや、何度も言うが真相はわからない。
もしかしたら私の見解が間違っているのかも知れない。もし、そうだったなら、私はお詫びの印に、もう一生「明星の一平ちゃん」は食べないことを約束するのである。
松本人志いなくても視聴率に影響なかった? 当たり前である。
そう言えば、前に小泉今日子が「バラエティ番組はくだらない」と言ったとかで、立川志らくというバラエティ界隈の人が怒っていたなあ。
立川「はっきり物事を言うその姿はかっこいい。でもね、『くだらないから出演しない』は看過出来ない。そのくだらない世界に命をかけている人も沢山いる」
まあ、小泉今日子が実際に語ったのは、「(自分が出演していた頃と)同じだからマズいんじゃないですかね。世の中がガラッと変わっているのに、昔のムードのまま押し通そうとしている。テレビ局は変わらないとマズいよね、と思っています」であったようだ。
バラエティ嫌いの私からすれば、「よく言った。キスしてあげるからこちらに来なさい」と言いたいくらいだ。
そもそもくだらないことに命をかけていたとしても、それはその人の勝手である。「命をかけている」というのは自己満足にすぎない。「命をかけているんだから『くだらないとは怪しからん』というのは成立しないのだ。
命をかけて作った映画でも、とてつもなくくだらない場合は普通にあり得るのだ。ましてやバラエティ番組など、そもそも命をかけて作っている人などごく少数なのではないか。
で、そのくだらないバラエティ番組に出ていた松本人志なんだが、なんか裁判沙汰になっているようだ。テレビにも出演していないらしい。私は馬鹿を自認しているが、もちろんバラエティ番組を見るほどの馬鹿ではないから、松本人志が出る番組もほとんど見たことはない。
だから、ホントはどうでもいいのだが、面白いと思ったのは、松本人志が出なくても視聴率が変わっていない(らしい)と言うことである。
これはどういうことかというと、結局バラエティ番組を見ている人は、バラエティ番組自体が好きなんであって、松本人志が出ようが出まいが関係ないんだろう。アメリカ人が馬鹿丸出しの映画やドラマを見て喜んでいるように、日本人にも同様の人たちがいると言うことなのだ。
バラエティ番組を見たり、文春や新潮などのゲスな週刊誌を読んだりする人がいなくなれば、日本は、もうちょっと住みやすくなるんだがなあ、などと考えているのである。
「お客様は神様です」の誤解
カスハラがひどいんだそうだ。まあ、育ちが悪い人が多いんだろう。当然のことながら頭も悪いはずだ。
三波春夫が言った「お客様は神様です」を、短絡的に「自分は神様」と変換してしまっているのだ。そもそもあの言葉は、「かつて、歌は神様に捧げるものだった。だから私は、神様に捧げているつもりで歌っている」という意味だったという。
まあ、三波春夫も悪い。ステージで調子こいて言ってしまったんだろう。頭の悪い人もいるんだから、その点は配慮して話すべきだったのだ。それができなかったせいで、今の働く人たちが苦労することになる。
少し考えればわかることで、私たちは1,000円のものを1,000円で買っているにすぎない。ほぼ等価交換なのである。客が偉そうにできる取引ではないのだ。
店の人に「ああ、この人は神様だ」と思われるためには、ただ商品を買ったり食ったりするだけでは無理なのだ。もちろん日本には古くから商いの精神があるから、客を気持ちよくさせる人がほとんどである。だが、だからと言って勘違いしてはいけないのだ。
本気で「神様だ」と思わせるには、せめて次のような行動が必要なのではないか。
「え、このラーメンがたったの700円だって!? いや、それは安すぎる。よし、私は1万円払おう。いやいや、遠慮する必要はない。とっておきたまえ」
そうしてこそ、店にとっての神様といえるのである。いや、さすがに神様とまでは言えないか。せいぜいお大尽様程度だろう。これが700円を払っただけなら、立場は対等なのだ。「ありがとうございました」と言ってもらえるだけ、ありがたいと思うべきなのである。
ちなみに私は、一度だけ、店主に対して怒ったことがある。まあ、店と言っても夜店だったのだが。タコ焼きを買ったのだが、それにタコが入っていなかったのだ。なんと入っていたのはキャベツの芯だった。
私は、店主の前でタコ焼きを叩きつけ、「タコが入ってないギャオ~ッ」と吠えたのである。さすがに食べ物を粗末に扱ったのは反省したのだが、いまだに思い出すと腹が立つ。
たこ焼き屋を営む人は気をつけていただきたい。タコだと思って食べたらキャベツの芯だった、と言うことほど腹立たしい食べ物には、私はいまだ出会ったことがない。